資金繰り悪化を招くNG節税とその回避策
「しっかり節税対策をしたはずなのに、なぜか手元にお金が残らない…」。
経営者の皆さん、こんな悩みを抱えていませんか?
実は、良かれと思って実行した節税策が、かえって会社の資金繰りを悪化させてしまうという“落とし穴”が存在するのです。
これは多くの経営者が見落としがちなポイントですが、放置すれば黒字倒産という最悪の事態にも繋がりかねません。
こんにちは、税理士の佐藤健一です。
現場で15年以上、150社を超える中小企業の経営者と向き合ってきた経験から申し上げると、本当の節税とは、単に税金を減らすことではなく、会社に「使える現金」を最大限残すことです。
この記事では、資金繰りを悪化させるNG節税の典型的なパターンとその回避策、さらには私が顧問先で実際に成果を上げている「資金繰りに強い節税ハック」まで、余すところなく解説します。
この記事を読み終える頃には、あなたは「失敗しない節税」の本質を理解し、会社のキャッシュを確実に守るための具体的な一歩を踏み出せるはずです。
目次
資金繰り悪化を招くNG節税の共通パターン
なぜ、節税が資金繰りを悪化させてしまうのでしょうか。
その原因は、いくつかの共通したパターンに集約されます。
まずは、その危険なパターンを正しく理解することから始めましょう。
「支出を増やして節税」は本末転倒
最も陥りやすいのが、「経費を使えば税金が安くなる」という考え方です。
例えば、利益が100万円出そうな決算間際に、慌てて50万円の備品を購入したとします。
確かに利益は50万円に圧縮され、法人税(税率30%と仮定)は30万円から15万円に減るかもしれません。
しかし、よく考えてみてください。
15万円の税金を節約するために、50万円の現金が会社から出ていっているのです。
手元に残る現金は、何もしなければ70万円(100万円 – 税金30万円)だったはずが、50万円の支出をしたことで35万円(100万円 – 備品50万円 – 税金15万円)に減ってしまいます。
これは節税ではなく、単なる無駄遣いです。
「一括償却・特例適用」の落とし穴
中小企業には「少額減価償却資産の特例」という制度があり、30万円未満の資産であれば年間300万円まで一括で経費にできます。
これも人気の節税策ですが、キャッシュフローの観点からは注意が必要です。
例えば、250万円の機械装置を購入し、この特例を適用したとします。
帳簿上は250万円の経費が計上され、利益は大幅に圧縮されます。
しかし、当然ながら250万円の現金は支払わなければなりません。
節税効果以上にキャッシュアウトが先行するため、資金繰りを圧迫する要因になり得ます。
「決算賞与」「駆け込み仕入れ」によるキャッシュ流出
決算対策の常套手段として、「決算賞与」や「駆け込み仕入れ」があります。
これも、帳簿上の利益を減らす効果はありますが、キャッシュフローには大きな打撃を与えます。
- 決算賞与: 決算日までに通知し、1ヶ月以内に支払うなどの要件を満たせば未払計上できますが、結局は翌月に多額の現金が出ていきます。
- 駆け込み仕入れ: 不要不急の在庫を抱えることは、資金の固定化を意味します。売れる保証のない在庫は、ただ倉庫の肥やしになるだけです。
実際のNG事例:顧問先A社の資金繰り崩壊の経緯
私が担当する前の話ですが、あるIT企業A社は、決算で大きな利益が出そうだと分かり、当時の税理士の勧めで「大規模なサーバー投資」と「全社員への決算賞与」を敢行しました。
少額減価償却の特例もフル活用し、納税額はほぼゼロに。
しかしその2ヶ月後、A社の社長から悲痛な連絡がありました。
「佐藤先生、キャッシュが底をつきそうです…」。
納税は回避できましたが、サーバー代金の支払いと賞与の支払いが重なり、運転資金がショート寸前になっていたのです。
これぞ、典型的な「節税貧乏」です。
必ず押さえておきたい:キャッシュベース思考の重要性
税金の計算は、売上が立った時点で計上される「発生主義」で行われます。
しかし、会社の血液である現金は、実際に入金・出金されたタイミングで動きます。
このズレを意識し、常に「手元の現金がどう動くか」というキャッシュベースで物事を考える癖をつけることが、失敗しない経営の第一歩です。
なぜNG節税が選ばれてしまうのか?
これほどリスクがあるにも関わらず、なぜ多くの経営者が危険な節税に手を出してしまうのでしょうか。
そこには、いくつかの構造的な問題が潜んでいます。
節税=「得」だという誤解
「節税」という言葉には、何か得をするようなポジティブな響きがあります。
しかし、これまで見てきたように、支出を伴う節税は「税金の支払いを先延ばしにしている」または「現金を失っている」に過ぎないケースがほとんどです。
この根本的な誤解が、判断を誤らせる最大の原因です。
税理士とのコミュニケーション不足が原因に
驚くかもしれませんが、税理士の中には会社の資金繰りまで深く見ていない人もいます。
決算書上の数字だけを見て、「利益が出ているから経費を使いましょう」と安易に提案してしまうケースです。
経営者側も「先生が言うなら…」と鵜呑みにせず、「その節税策を実行した場合、うちのキャッシュフローはどうなりますか?」と一歩踏み込んで質問する姿勢が重要です。
中小企業特有の「短期的視点」とプレッシャー
「とにかく目先の納税額を減らしたい」という短期的な視点も、NG節税に走る一因です。
特に利益が大きく出た期は、「こんなに税金を払うのか」というプレッシャーから、冷静な判断ができなくなりがちです。
しかし、経営は長期戦です。
目先の納税回避が、将来の資金繰りを苦しめる結果になっては元も子もありません。
税務署から見たNG節税のリスク
税務署の立場で考えてみると、不自然な決算対策は格好の調査対象です。
例えば、決算間際に集中している不自然な経費や、実態のない取引は、「租税回避行為」と見なされるリスクがあります。
税務調査で否認されれば、節税効果がなくなるどころか、追徴課税や延滞税といった重いペナルティが課されることになります。
現場で実証済み!資金繰りに強い節税ハック5選
では、会社に現金を残す「本当に賢い節税」とは何でしょうか。
現場で15年見てきた経験から、私が顧問先に必ず提案し、実際に効果を上げている5つのハックをご紹介します。
ハック①:減価償却の調整で「帳簿と現金」の両立
減価償却は、現金の支出を伴わずに経費を計上できる、非常に優れた「利益調整弁」です。
例えば、高額な資産を購入した場合、あえて一括償却せずに法定耐用年数で償却することで、毎期安定して経費を計上できます。
これにより、単年度の利益を過度に圧縮することなく、長期的な視点でキャッシュフローを安定させることが可能です。
ハック②:役員報酬の最適設計(例:年間300万円の税・社保削減)
役員報酬は、法人税だけでなく、経営者個人の所得税・住民税、そして社会保険料にまで影響する最重要項目です。
会社の利益状況や経営者個人のライフプランに合わせて、役員報酬の額や支給形態(例えば、一部を賞与として届け出る「事前確定届出給与」の活用)を最適化するだけで、会社と個人の手取りを合計した「世帯キャッシュフロー」を劇的に改善できます。
私の顧問先では、この見直しだけで年間300万円以上のキャッシュ改善に繋がったケースも珍しくありません。
ハック③:税額控除制度のフル活用(例:中小企業投資促進税制)
支出を伴わない、あるいは必要な投資の効果を最大化する節税策の王道が「税額控除」です。
これは、計算された税額からダイレクトに一定額を差し引ける制度で、節税効果が非常に高いのが特徴です。
- 中小企業投資促進税制(租税特別措置法 第42条の6): 設備投資をした際に、取得価額の7%を税額から直接控除できます。
- 賃上げ促進税制: 従業員の給与を増やした場合、増加額の一部を税額控除できます。
これらの制度は、納税額を直接減らすため、資金繰りへの貢献度が極めて高いです。
ハック④:交際費の枠内活用で無駄なく節税
中小企業(資本金1億円以下)は、年間800万円までの交際費を全額経費にできます(租税特別措置法 第61条の4)。
さらに、2024年度の税制改正で、1人あたり10,000円以下の飲食費は交際費から除外されることになり、枠がさらに使いやすくなりました。
どうせ使うのであれば、この枠を有効活用し、事業に必要な人脈構築や情報交換に投資することが、結果として将来のキャッシュを生み出す賢い節税に繋がります。
ハック⑤:繰延べ・繰戻しの活用によるキャッシュフロー最適化
業績の波が激しい中小企業にとって、赤字(欠損金)をどう活かすかは死活問題です。
- 欠損金の繰越控除: 当期の赤字を、翌期以降10年間の黒字と相殺できます。
- 欠損金の繰戻し還付(法人税法 第80条): 当期が赤字で前期が黒字だった場合、前期に納めた法人税の還付を受けられます。これは即効性のあるキャッシュ改善策です。
これらの制度を戦略的に活用することで、複数年度にわたって税負担を平準化し、キャッシュフローを安定させることができます。
実例紹介:B社が上記ハックで年間500万円のキャッシュ改善に成功
私の顧問先である製造業のB社は、毎年利益の変動が大きく、黒字の期は慌てて設備投資をするという場当たり的な節税を繰り返していました。
そこで、まず役員報酬を最適化し、社会保険料を年間120万円削減。
次に、計画的な設備投資に切り替え「中小企業投資促進税制」の税額控除を適用し、約200万円の税金を削減。
さらに、赤字が出た期にはすかさず「繰戻し還付」を請求し、180万円のキャッシュを確保しました。
結果として、年間で500万円以上のキャッシュフロー改善に成功し、資金繰りの不安から解放されました。
「節税」と「資金繰り」のバランスをとるための経営戦略
賢い節税は、単なるテクニックではありません。
会社の将来を見据えた経営戦略そのものです。
税引後キャッシュフローの見える化
経営者が本当に注目すべき指標は、売上や利益ではありません。
最終的に手元にいくら現金が残ったかを示す「税引後キャッシュフロー」です。
これを常に把握し、最大化するにはどうすれば良いかを考えることが、経営の羅針盤となります。
資金繰り表と税金予測の連携
日々の資金繰り表に、納税予測額(法人税、消費税、固定資産税など)をあらかじめ組み込んでおきましょう。
これにより、「納税資金が足りない!」という事態を未然に防ぎ、計画的な節税策を打つ余裕が生まれます。
金融機関との付き合い方と節税の関係
過度な節税で帳簿上の利益を減らしすぎると、決算書の評価が下がり、金融機関からの融資が受けにくくなることがあります。
融資という重要な資金調達手段を確保するためにも、利益をゼロにするような極端な節税は避けるべきです。
金融機関は、きちんと利益を出し、適正に納税している会社を高く評価します。
「必要な納税」は“コスト”ではなく“投資”
税金は、決してただのコストではありません。
道路や社会保障といったインフラを維持し、自社が事業を継続するための社会的な投資です。
そして、適正な利益を計上し、納税することは、会社の信用力を高め、将来の成長を支えるための「投資」であるという視点を持つことが、経営者をもう一段高いステージへと引き上げてくれます。
節税計画を立てる際のチェックリストと注意点
さあ、あなたの会社の節税策を見直してみましょう。
以下のチェックリストを使って、その節税が本当に会社のキャッシュを増やすものか、冷静に判断してください。
□ 今期の納税額と現預金残高を把握しているか?
□ 節税策による支出が本当に必要か再検討したか?
□ 節税による“帳簿上の利益減”が他の指標(特に銀行評価)に影響しないか?
注意すべき税制変更:2024年度改正ポイント
税制は生き物です。常に最新の情報をキャッチしておくことが重要です。
特に2024年度の改正では、中小企業にとって追い風となる変更が多くありました。
- 交際費の飲食代: 損金算入できる基準が1人あたり5,000円→10,000円に倍増。
- 賃上げ促進税制: 赤字でも控除額を5年間繰り越せるようになり、使い勝手が向上。
- 各種特例の延長: 少額減価償却資産の特例などが延長され、計画的な活用が可能に。
法的根拠の確認:主要な節税制度とその適用条件(法令番号付き)
信頼できる節税策は、必ず法律に基づいています。
主要な制度の根拠を理解しておくことで、税理士との対話もスムーズになります。
制度名 | 内容 | 法的根拠 |
---|---|---|
中小企業投資促進税制 | 設備投資で税額控除or特別償却 | 租税特別措置法 第42条の6 |
交際費等の損金不算入の特例 | 年間800万円までの交際費を損金算入 | 租税特別措置法 第61条の4 |
欠損金の繰戻しによる還付 | 前期に納めた法人税の還付請求 | 法人税法 第80条 |
※これは概要です。適用には詳細な要件がありますので、必ず専門家にご確認ください。
まとめ
資金繰り悪化を招く「間違った節税」の本質、ご理解いただけたでしょうか。
それは、「キャッシュ」という視点が欠けていることに尽きます。
正しい節税の鍵は、常に「この判断は、会社の現金を増やすのか、減らすのか?」と自問自答する「キャッシュフロー第一」の視点を持つことです。
支出を伴う節税は慎重に、そして現金の支出を伴わない、あるいは必要な投資の効果を高める「税額控除」や「制度活用」を積極的に検討してください。
何から手をつけていいか分からない、という方は、まずは今日からできる「節税目的の支出の見直し」から始めてみてください。
その一つ一つの見直しが、会社の未来を支える貴重なキャッシュを守ることに繋がります。
この記事を読んでも不明な点がございましたら、どうぞお気軽にご相談ください。
個別具体的な状況に応じた、最適なアドバイスをさせていただきます。
皆さんの事業発展を心から応援しています。